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東京地方裁判所 昭和28年(行)65号 判決

原告 増田ふみ 外六名

被告 通商産業大臣

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、「増田敏男がした特許第一二五〇八八号脱水「ローラー」の特許権存続期間出願に対し昭和二十八年二月九日被告が与えた、出願を許可しない旨の決定を取消す。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

原告増田ふみの夫であり、その他の原告等の父である増田敏男は、特許第一二五〇八八号脱水「ローラー」の特許権をもつていた。この特許権の出願の日は昭和十一年七月十一日、出願公告の日は昭和十三年二月九日、特許権の登録の日は同年五月二十六日であり、従つて特許権の存続期間は右出願公告の日から十五年即ち昭和二十八年二月九日までであつた。

増田敏男は昭和二十七年八月九日通商産業大臣に対し右特許権存続期間延長の出願をした。これに対し通商産業大臣(当時の小笠原三九郎)は昭和二十八年二月九日出願を許可しない旨の決定をした。敏男は昭和二十八年二月五日死亡し、右決定は同月十日その相続人に送達された。右決定の理由は、本件特許発明は重要な発明ではあるが、特許権者はこれによつて相当の収入を得ており、本出願は特許法施行令一条に規定する「相当ノ利益ヲ得ルコト能ハサル場合」に該当するものとは認められない、というのである。

しかし、事実は、右特許権者は特許権存続期間内に相当の利益を得ることができなかつたのであるから、右決定は誤つた認定を基礎とするものであつて、違法である。

増田敏男は前記のとおり昭和二十八年二月五日死亡し、その妻及び子である原告等が相続をして、敏男の権利義務を承継したから、原告等は被告通商産業大臣に対し、右出願不許可決定の取消を求める。

以上のとおり述べた。

被告代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

増田敏男が原告等主張の特許権をもつていたこと、その出願の日、出願公告の日、特許権の登録の日が原告等主張のとおりであること、敏男の右特許権存続期間延長の出願に対し、通商産業大臣が昭和二十八年二月九日原告等主張のとおり不許可決定をしたことは認める。右特許権者が特許権存続期間内に相当の利益を得ることができなかつたということは否認する。

特許権存続期間延長出願許否の決定は、いわゆる行政権の自由裁量に属する行為であり、従つて当不当の問題は生じても違法の問題を生ずるものでないから、原告等の請求は理由がない。

特許制度の根本主旨は、「新規なる工業的発明」をした者に対し、法の定める範囲内において発明者の利益を確実に保護し、発明の奨励促進をはかるとともに、他方において特許権の存続期間を確定期間とすることによつて、その発明を公開して一般人の利用を可能にし、もつて、社会福祉の増進をはかろうとするものである。ところで、性質及び応用の相異る各種発明に対し画一の期間をもつてき束すると、これによつて、発明奨励政策上好ましくない場合が生ずることがある。特許権存続期間延長制度は、この間の矛盾懸隔を調和する意のもとに設けられたものである。

特許法四三条五項においては、三年以上十年以内という制限内で、単純に行政権に存続期間延長の権限を与えている。即ち、特許法一条においては「………特許ヲ受クルコトヲ得」と規定し、明確に権利の発生を認めて、権利者が適法に出願し、発明が新規な工業的発明である場合には、行政権はこれを特許しなければならないように法律によりき束されているが、同法四三条五項においては、単に、「………之を延長スルコトヲ得」と規定して出願人の存続期間延長を受ける権利を認めることなく、これを行政権の発明行政の見地から自由な判断に委ねているのである。

また本延長制度について、特許法は上述の一項を設けただけで他はすべて政令にゆづつているが、特許法施行令において出願人が本延長を受ける権利を認めていると解することは適切でない。即ち本延長制度の如く強力な対世的効果を有する独占権の発生は、国民の営業の自由を制限するものであつて、法律の根拠を要するものであり、法律自体認めていない請求権を政令によつて出願人に与えたと解することはできない。このことは施行令の規定からも明らかである。このように特許法施行令が公法上の実体的請求権の発生を規定したものでないとすれば、施行令一条の規定は、出願することのできる者の地位を定めたにすぎない。従つて本条の定めた三つの要件、即ち発明の重要なこと、存続期間内に相当の利益を得ることができなかつたこと、正当の事由の存することは、単に出願の要件を規定したにとどまり、三要件を具備したものは許可すべしというような行政権を拘束する主旨の要件ではない。

以上述べたところで明らかなように、わが現行法制のもとにおいては、特許権存続期間延長の権限は行政権に委ねられており、一般世人の利益の尊重と発明者の優遇との二つの矛盾する要請を、行政権の機能を媒介として調和させ、その国家的見地からする判断によつて産業振興に寄与させようとしているのである。従つて、行政権は、その運用において、一般国民の権利乃至法益の保護と、特許権者の保護を通しての発明の奨励とを比較衡量して、許否の決定をすべきであり、そのために出願人の地位が幾分の犠牲を蒙つてもやむをえないこととしなければならない。即ち、特許権存続期間延長許否の決定は、次にあげる権限の範囲を逸脱しない限り、自由裁量処分として、違法の問題を生ずることはない。行政権が法規に拘束されるのは、(イ)延長年限の点(ロ)施行令一条に規定する出願要件を具備しない出願を許可すべきでないという点、(ハ)施行令二条乃至七条に規定する手続規定の遵守の点の三点であつて、この限度をこえない限りは、行政権は許否決定についての自由裁量の権限を有し、行政権のかかる行為は処分の当不当の問題は生じても、違法の問題は生じない。

被告のした本件不許可決定は違法ではなく、原告の本訴請求は失当である。

かように述べた。

三、理  由

原告等主張のとおり、特許第一二五〇八八号脱水「ローラー」について、特許の出願、出願の公告、特許権の登録、右特許権存続期間延長の出願、これに対する不許可の決定があつたことは、当事者間に争いがない。

ところで、当裁判所は、特許権存続期間延長不許可の決定は、原則として、それが不当といえることはあつても、違法になることはない、と考える。以下、その理由を述べる。

特許制度の本旨は、新規な工業的発明をした者に対し、法の定める範囲内で発明者の利益を保護し、もつて発明の奨励促進をはかるとともに、地方において特許権の存続期間を確定期間として、その発明を公開し、一般人の利用を可能にし、もつて社会一般の利益福祉をはかろうとするにある。このように特許権の存続についての確定期間は特許制度に必然的なものといえるのであるが、特許権の存続について常に画一の期間をもつて臨むことは、時に好ましくない結果を招くことになる。特許権は、その性質応用において多種多様であるに拘らず、その存続について常に画一の期間で臨むことにより、ごく優秀な発明をした者が特許権存続期間内に相当な利益をあげることができないというような事態を招き、発明に対する熱意を抑えることになるからである。特許権存続期間延長制度は、この間の矛盾懸隔を調和する意図のもとに設けられたものである。特許法四三条五項は「特許権ノ存続期間ハ政令ノ定ムル所ニ依リ三年以上十年以下之ヲ延長スルコトヲ得」と定めている。

特許法一条は「………特許ヲ受クルコトヲ得」と規定し、新規な工業的発明をした者は権利として特許を受けることができることを明らかにしている。新規な工業的発明をした者に対しては、行政権は特許しなければならないのである。これに反し、同法四三条五項は、前記のとおり、「特許権ノ存続期間ハ…………之ヲ延長スルコトヲ得」と規定しただけである。この規定が、出願人の存続期間延長を受ける権利を認めたとみることは、同法一条と対照してみて無理である。特許法四三条五項が委任した政令(特許法施行令)が、出願人に存続期間延長を受ける権利を与えたとみることはなおさら無理である。存続期間の延長を許された者は対世的な効果を有する独占権を得るのであるが、かような国民の営業の自由を制限するような権利を特定人に与えるについては、法律の根拠を要するものであり、法律自体が認めない権利を政令が特定人に与えたと解することはできないからである(かようにみてくると、特許法施行令一条の規定は、出願することができる者の資格を定めたにすぎない、と解するが相当である。即ち、特許権者は、発明が重要であること、存続期間内に相当の利益を得ることができなかつたこと、正当の事由があることの三つの要件を具備しなければ存続期間の延長を出願することができない、というのが右一条の主旨であり、右三要件を具備した出願に対しては存続期間の延長を許可すべしというようなことを、右法条は定めたものではない、とすべきである)。

前記特許権存続期間は延長制度の主旨と特許法四三条五項の規定の立て方とを綜合して考えると、結論は次のとおりである。特許権存続期間の延長は、一般国民の利益の尊重と、発明者の保護という、二つの矛盾する要請を、行政権の機能を媒介として調和させ、その国家の産業行政的見地からする判断によつて産業振興に寄与させようとしている制度であり、行政権は、その運用において、一般国民の権利乃至利益の保護と、特許権者の保護を通しての発明の奨励とを比較衡量し、いずれに重点をおくのが政策的に適当であるかにつき判断をくだして、許否の決定をすることができる。従つて、通商産業大臣がする不許可決定は、右の国家の政策からみて不適当だといえる場合はあるにしても、通常は、違法となることはないのである。

行政権の右の判断といえども無制限に自由なものではなく、そこに適当な限界があることはいうまでもないが(行政権の恣意は許されないが)、本件不許可決定がこの限界をこえてなされたことについては、何も証拠がない。

原告等の請求は、ほかの点を判断するまでもなく、失当であるから、行政事件訴訟特例法一条民事訴訟法八九条九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

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